www.bar-shiga.com
■ 中毒性日記 2001
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキューっ
志賀、昼の顔。
The Right ? Staff
ホーム >>>
12/21「何を隠そう、『平井堅』は僕が育てた」 バックナンバー >>>
深夜、雨である。もうクリスマスの音色がそこまで来ている。その日僕はと言うと、当然店である。「店は何か特別な飾り付けをするのか、イベントはやるのか」と聞かれる。ティッシュで作ったバラ、色紙(いろがみ)で輪を作り、繋げた鎖状のものを天井に飾る。僕はサンタの格好で皆にプレゼントを渡す……そんな「お楽しみ会」みたいなことはしない。

邦楽はほとんど聞かないが平井堅の新曲はカッコイイ(かといって彼に詳しいわけではない)。僕が言うことではないが音の作りも好きだし、アップテンポでこれだけ聞かせる歌声の主は余りいない。彼は確かに上手いし、日本人離れしている。サッカー永島と仲がいいのも解るような気がする??

僕が勝手に解釈するに、演歌を歌う人はポップスを唄っても違和感が無く上手だ。演歌のアイドル?氷川きよしがクリスマスソングを歌う時代だ。それもかなり上手い。その姿がT.M.Revolutionにだぶるのは僕だけではないだろう。しかし反対はというとそうとばかりは言えない。平井堅は童謡らしき歌も唄うし、おそらく演歌も歌えるであろう。しかし彼は演歌顔ではないから、その点実現は難しい。(ちなみに、演歌は「歌う」で、ポップスは「唄う」と勝手に思ってる)

今から何年か前にあった三谷幸喜脚本のドラマ「王様のレストラン」のエンディングが平井堅だったのをご存知の方はいるだろうか。僕はその当時から、注目していて滅多に行かないカラオケで唄おうと練習したものだ(しかし、カラオケにはなかった)。僕の目に狂いはなかったと言えよう。

中学の頃は「松田聖子」を育てた。黒地に金文字で大きく「松田聖子Seiko Matsuda」と書かれた、今では誰も買わない子供だましの缶ペンケースを持っていたのは、今では恥ずかしい想い出である。メジャーになると、そこはかとなく寂しく自分の手を離れていく。東京のサンミュージックまで行って「あのね、聖子ちゃんはここにはいないのよ」とおばさんに追い返された経験は今でも甘酸っぱく心の奥底に眠る。

とどのつまりは、平井堅は僕が育てたようなものなのだ(この際、菅井きんでもいい)。この思いこみは誰にも止められない。どちらにしても有名人はともかく、店はそういうわけにはいかない。もしメディアに取り上げられ、行列が出来て、有名人が来ることが売りでサイン色紙が並び、僕が左うちわでバイトに任せて遊んでいたら、今までのお客様は「俺が(私が)育ててやったのに」と大挙して押し寄せてくるに違いない。もちろんそんな行列ならいらない。


諺・志賀語録「ひ」
『♪ひ〜と〜り酒場で〜飲〜む〜鮭は〜』dサケを飲むシャケ アテがイクラならほとんどカンニバリスティックだ
Copyright@Toshiya Shiga. All Rights Reserved.
Send Mail to Shiga