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目を覚ました僕は、まだ息をしている。多分僕はまだ生きている。
なぜそれが分かるのかと言えば、確証などどこにもない。でもこの感触はどこかで味わったことがある。背中の下は芝生だ。それも毛足の長い高級ペルシャ絨毯の如く、フワフワと浮いている。もしかすると僕は本当に雲の上に昇華して、俗世界とは違う彼方に身を置いているのかも知れない。そう考えれば「生きている」という表現はオカシナ話だが、空想と現実の狭間を行き来する中で、ずっと薫る草の匂いはリアルに頭に飛び込んでくる。そして空想から解き放たれた聴覚は、様々な音を拾い始めた。これは現実だ。やはり僕はまだ生きていた……。
記憶によると僕は、店が終わって三宮の酒場を彷徨いた。移ろいゆく季節と同じくして、街の匂いはその時々に表情を変える。歩くことも、飲むことも、語ることも止めたときに、多分自分も止まってしまうんだと思う。だからこうして、街に出る。今日の空気が少し冷たく感じたのは、秋の気配が近づいたという理由だけではなく、今の僕の心を暗に映しだしているようである。
人恋しいと言ったところで、僕は女性のいるクラブやスナックに顔を出せる時間帯に街には出ないし、自らそういう場所に行ったこともない。もちろんキャバクラなるものや所謂歓楽街は眠らないが、僕の人恋しさを満たすモノとは違って、それはもっと情けなかったりくだらなかったり背筋の砕けたそのままにつき伏して、自分だけの時間を侍らせていたらやってくるものだと知っていた。
バーテンドレスと言うらしい。入った店はカウンターに男性客が陣取る、女性の立つ店だ。「唇の切れるようなマティーニを」とバーテンに告げるには、それほど僕は研ぎ澄まされていない。その表現に於ける解釈は二つ。ジンもドライヴェルモットも、ミキシンググラスでさえも霜が付くほどにキンキンに冷えているか、エクストラに辛口のこの上なくジンに近いマティーニを指すのだろう。
しかしこの日は彼女にそう注文してみたくなった。
冷たく微笑み頷くと、その女性はアンゴスチュラ・ビターを2ダッシュ、フランス・ノイリープラのヴェルモットを少量入れたミキシンググラスを小刻みにステアしながら、大きな氷を洗う。微かにグラスの内側に流れ落ちるにがよもぎの酒は、イタリアのチンザノよりは琥珀色に映る。仕上げはレモンピールを翳して、仄かに漂う香りのまじないをする。
薄いカクテルグラスにちょうど注がれた液体に、吸い寄せられるように上唇を運ぶ。まさにこの上なくドライで、僕の唇はピリリッと音を立てた。ESSEXというニューヨーカーのスラングによると、それはEX・エクストラの最上級。とっておきな夜にバーテンドレスの演出は、エセックスにエッジの利いたキレがあった。
「日常の寓話 悦楽の神話」完
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