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深夜からしっかりと降っていた雨も上がり、木曜日快晴。
店の棚に置いてある数々の映画のパンフレットを整理していてると、懐かしさのあまりそのまま作業が停まってしまうのはよくあることである。
僕が20歳の頃の「チ・ン・ピ・ラ」は、映画館で観て見事にハマった映画。「スティング」と比べられたりもするが当然別物で、邦画にチカラのある頃の快作である。高樹沙耶が綺麗だ。何より柴田恭兵、ジョニー大倉がカッコイイ。『俺たち、自由な 社会人!!』という「できそうでできない」ところを上手くついているコピーが書いてある。軽妙なノリのヤクザ(プロ)になり切れないチンピラ(アマチュア)の悲喜こもごもを描いている本作は、当時の社会に出ようとしている若者(まさしく僕ら)の心をくすぐったものだった。
お客さんがDVDを持ってることを思い出し、Twitterにつぶやいた。その彼とのやり取りに、フォローしていない人からの絡みがあったので、「チ・ン・ピ・ラ」ファンは根強いのだなと思っていたら、ナンと川島透監督本人である。Twitterにも書いたが、もうキャメロンディアスに会った時以上の興奮であった。アキバのオタクがAKB48全員と相撲を取るくらいの…と、まぁよく分らないがとにかく、時代の利器をこれほど有り難く受け入れたことはない。
「チ・ン・ピ・ラ」の前年('83)、映画賞を総ナメにした同監督初作品「竜二」も映画館で観た。そのパンフレットもある。永島暎子にドキドキした僕だったが、ここはやはり脚本で主演、金子正次が鮮烈だった。元ヤクザという点ばかりが取沙汰されたりもしたが、他のその手合いの映画とは全く違ったリアリティ(娘役も実の子供である)を生み出していてどんどん引き込まれて行った。「いつだって竜二は…帰ってきますぜ…」と、何度も真似をした。そんな彼は、その公開中に胃ガンで亡くなってしまう。33歳である。調べるとその際、松田優作らに看取られながらの死だったそうだが、奇しくも6年後の同日(1989年11月6日)松田優作も40歳で死去。同世代の名優、怪優の、惜し過ぎる死だった。
成人して間もない頃の好きな映画、その監督からのTwitterでの絡み。
同じテイストは撮らない川島監督だと知っているけど、あんな映画を、パワーに溢れていた日本の映画をまた、観てみたいものである。
何なら出演したい。
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