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雨の木曜日。肌寒いくらいの夜だった。
どこかで読んだが、デーブ・スペクター氏が「近頃日本ビジネスマンの言う『スキーム』という言葉が『たくらむ』という悪い意味もあり、あまり適切でないから、プラン、ビジネスモデルと使った方がいい」ってなことを言っていた。僕はあの人のことが好きでも嫌いでもないのだが頭も良さそうだし、確かに最近仕入れたビジネスワードを流行りのように連呼するのはどうかと僕も思っている。
しかしながら、外国人や有名人が言うことをそのまま鵜呑みにするところは如何にも恐い。そもそも、彼が『たくらみ』をネガティブに捉えているところに違和感を持たない我々日本人にも問題がある。『たくらみ』を「お主も悪じゃのう」と密談めいた場に使われる言葉だとという認識こそが違うのだ。
『たくらみ』とは『企み』と書く。それはデザインの日本語訳でもあるが、他に「くわだてる」「目論む」「謀る」というように、それらも同じく「お主もワル語」にカテゴライズされている。しかしその企みが思い通りに進み、ひいては他を巻き込んで広がりを見せるということに於いては、良きも悪しきも同様に孕んでいる言葉でもある。おそらく外国人である氏が、皆同様にネガティブに使っている姿にそう覚えたのだろう。企みは、決して悪い言葉ではない。
PCの普及で、誰もがボタン一つでデジタルを立ち上げることができる。何の躊躇もなくキーボードに触れ、ENTERボタンを押すことを繰り返す。工夫する、熟考する、疑いに掛かる、もうそうした行為は記憶の彼方に追いやっている。要するに「企む」ことをしない。答えは必ず画面が導いてくれると信じて疑わない。
パーソナルPCがなかった時代にも、「Design」という言葉は存在した。幾度も重ねるレイヤーよりも、フリーハンドで描く平面上のシンプルな厚みに人は心を動かされた。その作品が原画でシルクスクリーン手法で印刷されたりもしたが、当然その精度はマチマチであった。例えば100枚刷ったら最初より最後より、真ん中くらいのナンバリングがちょうど安定して精度の高い仕上がりだとは知ってはいても、あえて違うものを選ぶ人もいた。独創性や個性が輝いた頃の話だ。
「野望」なんて死語と言われて久しい言葉も、どこか企みにも似た響きがある。
一辺倒なビジネスモデルよりずっと、スキームには可能性が見える。
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【 あの人は、実は日本人っぽい 】
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【 朝帰りだが、金曜もちゃんと活動するべ 】
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