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■ 中毒性日記 2011
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキューっ
志賀、昼の顔。
The Right ? Staff
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9/26「爵位と駄洒落について by ダジャレー男爵」 バックナンバー >>>
日曜日。ここ数日でやっと秋らしい気候になった。急に涼しくなったせいで、週末からずっと喉の調子が悪い。日曜はライブで、数曲唄うはずのステージをキャンセルした。ウソだ。カラオケすら1年くらい行ってない。

なぜこのような無駄な嘘をつくのか。無駄、ムダ。その意味のない「駄」に僕は、ロマンを感じてしまうのだ。人生の多くはそうした無駄(実のところはムダではない)で形成されている。そこを楽しめる人間には、人としての振り幅ができる。無駄を避けて進もうとする人は、薄っぺらいものだ。魅力も個性も少ない。

駄洒落を調べると興味深い一文があった。

言葉遊びの「洒落」は知識と教養を示す気の利いたものであったが、これに価値を認めることのないカウンターカルチャー(※1)からの揶揄を込めて「駄」の文字を冠した。洒落の文化が失われるにつれ、それを文化として持たない若者からはおやじギャグと称されるようにもなる。

判りやすい遊びの一種であるため、語彙が増えだす小学生などの低年齢の人がこれを用いてコミュニケーションの円滑化をはかることがある一方で、大人が条件反射的に特に若い世代に対して用いると逆にコミュニケーションの円滑化を損ねることになる場合もある。


僕なりの定義がある。おやじギャグは、「今、ボクは面白いことを言いましたよぉ〜」と他人の反応を確認するところが、僕の言うダジャレーとは違う。ダジャレーは、結果を求めない。言い切る潔さが大事だ。だから、先の文章とは少し違う。

僕が「ダジャレー男爵」と言うのにはそれなりの背景がある。その昔、都筑道夫、小林信彦作品をよく読んだ。その中では実際ダジャレー男爵が出てくるし、秀逸な駄洒落も連発だった。大人になってふと思い出したように(それはおそらくおやじギャグと区別するために)僕はダジャレー男爵と名乗った。今やGoogle検索で4番目くらいに僕が出てくる。ホント、都筑先生、小林先生には申し訳ない。

そして、中国や日本に於ける爵位ではなく、どちらかというと欧米の方に僕のイメージは近い。日本語の男爵に相当する爵位を英語ではバロン(Baron)というが、その感じだ。イギリスでは男爵は上院議員になることができる貴族の最下位の称号であるそうだ。まぁ、ダジャレー男爵では立候補段階で外される。ちょっと品があって、毅然としている。おやじギャグではない、ダジャレーたる所以。

と書きながらどうでもよくなってきた。
とにかくダジャレーというものは、気の向くまま言い放てばいい。

それを他人が評価することなど、グレート・ムダだ。


※1:カウンターカルチャーは、既存の・主流の・体制的な文化に対抗する文化


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※今日のヒトゴトではないヒトコト&ヒトリゴト&ヒメゴト
【 バロンの女性形はバロネス(Baroness)といい、イギリスの制度では男爵の妻(男爵夫人)や男爵の爵位をもつ女性(女男爵)に用いたりするそうだ  おぉ、ダジャレーバロネスは何処?

※志賀氏的伝言板
月〜水曜までタイトなスケジュールだな…頑張りましょ男爵 】 


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